思いつきの、走り書き

アメリカの田舎から特にアメリカらしくないことを中心に。

ワークライフバランスの前提

早いもので渡米して7ヶ月が経ちました。

大変な事もあるけれど、それも含めてわりと充実した生活を送れていると自分では思っています。

 

最大の変化は仕事。

 

今の、というか大学院に入ってからずっとか、自分の中心にあるのは仕事。だから仕事のあり方が変われば、必然的にその他の事も変わる。

 

分野は変われど、研究という点では基本的にやることは変わらないのに、こうも違うものかと思う。理由はたくさんあるけれど、今もしこれが日本にあったら幸福度は格段にあがるであろうもの。ワークライフバランスというやつが非常に大きい。

 

このブログでも必要以上にw料理の写真がアップされているように、こうやってちゃんと趣味に費やす時間があるわけです。ちょろちょろ言及してますが、僕が日本人ラボに所属していた大学院時代もこんな感じだったわけではありません。

 

なぜ現在のラボではそのバランスが取れるか。

 

それは簡単にいってしまえば、雰囲気です。

ここの人達はもちろんちゃんと働きますが、しかし同時にちゃんとした時間に帰るし、ちゃんと休みます。休む事は当たり前なのです。後ろめたさなんてありません。それが当たり前だから。

 

羨ましいと思うかもしれません。

ええ、実際非常にいい環境だと思います。少なくとも昔いた場所よりは。

 

しかし、ここで見落としてはいけないことは、結果はちゃんと出さなければいけないということ。

 

日本人は働き過ぎだ、サービス残業多すぎだと愚痴のひとつもこぼしたくなる気持ち、痛いほどわかります。事実そうだと思うし。。でもじゃあ勤務時間減らして、今と同じ質の仕事がこなせますか?って話です。

 

自分が学生、特に博士前半までとかのときに同じことができたかと問われれば、んー。。。

 

僕は一般企業には勤めた事がないので、その辺の事情はわからないし、大学のラボなんかでも組織の仕組みやトップがあきらかにおかしいという状況は往々にあるので、もちろんどうしようもないこともあるでしょう。

 

しかしそれでもやはり個人レベルでは、その組織で求められているレベルかそれ以上には仕事がデキるということが大前提のワークライフバランスだと思うわけです。

 

付け加えれば、アメリカでは終身雇用は稀だし、能力があるからお金を払って雇っているわけで、バランスとって楽しくやってたとしても結果出さなきゃ切られるわけです。クビです。アカデミックの世界なんかは単年契約も珍しくはないし、その代表でしょうね。実際僕も今は単年契約だし。

一方、日本の場合は元々入れ替わりの激しいアカデミックの世界でさえも、人柄がそんなひどくなければ、結果が芳しくなくとも出来るだけ拾ってくれるといった慈悲深いともいえる文化が残っています。

 

アメリカの体勢を理にかなっていると思う人もいるでしょうし、ちょっと冷たいんじゃないの?と思う人もいるでしょう。どう捉えるかは人それぞれでいいと思いますが、少なくともアメリカでのワークライフバランスは自己責任の上に成り立っているのは確かです。

 

だから僕の働き方も以前と変わりました。研究のストーリーをきちんと立て、見失わないようにし、いかに無駄なミスや実験をなくし効率的に進めるか。頭を使う時間が増えたし、集中力も増したと思います。研究のディスカッションはしても、無駄話はほどんとしません。

 

ワークライフバランスだけの話ではないですが、何かを求めるのであれば、現状を嘆いたり、誰かが変えてくれるのを待つばかりではなく、やはりまずは自分から。結局そこに尽きるような。大人ですからね。

 

まあ日本の社会の場合は仕事の質が元々超高いということも良くも悪くも絡んでいると思うのですが、それはまたいずれ。