医学研究のジレンマ
最近、世界で最も権威のある科学雑誌のひとつである Science に100%効果が認められたマラリアワクチンが開発されたとの論文が発表されました。
ポイントとしては、
- 蚊の唾液腺に潜伏しているある状態・形態のマラリア原虫(マラリア原虫は感染の段階によって様々な形に姿を変える)を蚊から摘出、紫外線や凍結により弱毒化したものを使ったこと
- ワクチン接種としては、一般的ではない静脈注射を用いたこと
今後の主な課題は、
- 体内でどのような免疫応答が起きているのか
- 蚊の唾液腺からの摘出というステップをいかに効率化・大規模化するか、もしくはそれをどうやって模倣するか(まあこれは別の一大プロジェクトになる気がするけど)
- 他の種類のマラリア原虫にも有効か
- 長期的視点で効果がみられるか(変異体の出現など)
まあこんなところでしょうか。
この方法自体がそのまま実用化されないとしても、体内で起きてる免疫応答のメカニズムを解析することだけでも非常に大きな一歩といえると思います。
近しい研究をやっている自分としては、すげー!!と思うと同時に本当に実用化できるワクチンが完成したらマラリア研究というのはいったいどうなるのだろうか?とも思います。
おそらくこれを読んでいる人のほとんどは、僕とは立ち位置がかなり違うと思うので、ワクチンが完成したら研究もおしまいじゃないのか?って思って何らおかしくありません。
ある意味それは正しい。ってか一般社会的な目線からすると非常に理にかなっている。病気の発症を抑える術を持ったなら、それ以上税金をつぎ込む必要なないのではないかと。
しかし、僕のような研究の現場にいる人間からすると、果たしてそれでいいのだろうか?という気持ちがあります。なぜかってマラリア原虫の生態、人もしくは媒介蚊との関わり合いはまだまだ謎だらけだからです。そこにまだ見ぬ生命現象が潜んでいるかもしれないし、それが他の蚊媒介性感染症やいずれ現れるかもしれない未知の感染症への対抗手段のヒントになるかもしれない。もしかしたら、一見全く関係のない分野で応用されるかもしれない。
とはいっても、そうなればマラリア研究が終息に向かうことは避けられないだろうなという予想も出来ます。その中でどの程度の規模の研究が許されるか。まあこれは研究者のアイデア次第かも。うまく周辺分野との組み合わせや視点を変えればお金も下りるかもしれません。
まあマラリア研究もう必要ないんじゃない?っていうほど有効なワクチンが実用化されるにはまだまだ時間がかかるでしょうから、すごい心配するようなことでもないんですけどね。
医学研究というのは、その問題の解決を強く願い、目指している一方で、生命現象としての研究が出来なくなるかもしれないという研究者にとってジレンマ的なものも存在するというわけなんです。
どうなるにせよ、ワクチン開発は続けて目指すべきゴール。
その後はそれぞれの国や社会が何を目指して求めるのかによって決まるのでしょう。少なくともそこにちゃんとした意志が含まれていることを願います。